アジャイルプロセス協議会の活動の中で、アジャイルプロセスの意義や今後の方向性について、検討を重ねてきました。2008年6〜7月にかけて、見積・契約WGのメンバの方々と議論して、最終的に以下のような方向性を得ることができました。特に、アジャイルプロセス、および、それを遂行する組織が生み出す価値が、不確実性への対応の段階から、ライフサイクルを通じた進化(と適応)に移行していくという共通認識に至りました。 2009年夏に発足した知働化研究会では、実世界でのソフトウェアの作用に焦点をあて、価値駆動のプロセスを検討し始めています。知働化のコンセプトは、以下のように集約されます。 • ソフトウェアに対する新しい見方 ➢ ソフトウェアとは, 実行可能な知識の集まりである ➢ ソフトウェアとは, 実行可能な知識を糸や布のように紡いだもの (様相) である ➢ ソフトウェアを作る/使うとは, 現実世界に関する知識を実行可能な知識の中に埋め込む/変換する過程である ➢ ソフトウェアを作る/使う過程では, 知識の贈与と交換が行われている ➢ ソフトウェアを作ることと使うことの間には, 本質的な違いはない • 実行可能知識と様相/テクスチャ ➢ 様相/テクスチャとは、「動く、問題と解決の記述」のことである ➢ 「機能」を実現することから、顧客の「知識」をコンテンツ化し、実行可能にすることへ 従来のパラダイムでは、ソフトウェアがもたらす価値、ビジネスモデル、要求の発生プロセス、ソフトウェアの実行による実世界での認識の変化といった事項に対して思考停止していると考えられます。 これはパラダイムシフトです。従来の世界観や価値観は通用しません。ソフトウェアというのは、元来、実世界の問題を解決するものです。既に解かれている同様の問題を、何回も解き続けるということでしたら、従来の、工業的なパラダイムで済むでしょう。実際に、画面のレイアウトや入出力の仕様が決まったら、そのコードを書くことは、手順化されているでしょうし、自動化も可能でしょう。筆者は、このようなパラダイムは、たとえ大規模化や組織化が必要だとしても、本質的な課題はそこには無いと考えています。 実世界におけるソフトウェアのもたらす意味は、人、あるいは、組織にとって主観的であり、多様です。また、ソフトウェアは、人間が創造する人工物(アーティファクト)です。人工物の「デザイン」に関する基礎理論、哲学として、知働化のパラダイムに最も適合している考え方が、クラウス・クリッペンドルフ(Klaus Krippendorff)の『意味論的転回』です。 クリッペンドルフの主張は、「科学」というのは、過去に起こったことを分析して何か法則を見いだしたり証明したりするのに対して、「デザイン」というのは将来について意思決定していくので、ぜんぜん違う、「人間中心」の「意味」を扱う体系でなくてはならないということです。 デザインでは、人間の理解、意味とはどういったものかを明確にしておかなくてはなりません。無論、デカルト主義を排す立場では、絶対的、客観的真実というのは無いわけで、ヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」的に規定していくことになります。 意味とは、以下のように規定されます。 • 意味は、構造化された空間、期待される感覚のネットワーク、一連の可能性である。意味は行為をガイドする。 • 意味は、いつも誰かの構築物である。 • 意味は、言語の使用の中で現れる。 • 意味は、固定されない。 • 意味は、感覚によって引き起こされる。 意味は、知覚されたアフォーダンスである。 図で「外部の世界」というのが、ソフトウェアの実行による作用によって影響を受ける実世界です。「意味」そのものは、直接語ることはできません。人間が持つ意味は、実世界に対する「(言語)行為」として現れ、その行為による因果関係によってもたらされる現象が、「感覚」として帰ってきます。 人工物をデザインするには、この枠組みに従って、2次的理解を定義します。つまり、人々が「理解することを理解する」ことによって、それをデザイナーの意思決定に活かしていけるような枠組みを提示しています。 クリッペンドルフが提唱している、人工物(ソフトウェア以外も含む)に対するデザイン原則は、以下の通りです。 • 人間中心性:技術の概念化、理解と使用を意味の前提とする。 • 意味のあるインタフェース:認識→探求→信頼の移行を促進。 • 二次的理解:ユーザの概念モデル、シナリオを知る。 • アフォーダンス:人工物の使用における意味の基本単位。 • 制約:ユーザの注意や相互作用を方向付ける意味的な方法が望ましい。 • フィードバック:ユーザ行為の即時的、直接的フィードバックが望ましい。 • 一貫性:意味の層を定義。 • 学習可能性:ユーザが学習していくことをデザインする。 • 多感覚の冗長性:視覚、聴覚、触覚等複合的なもの。人による感覚の差。 • 変動性ー多様性:人工物の変動性は、ユーザの集団における多様性と一致。 • ロバスト性:障害や事故回避。 • デザインの委託:ユーザがデザインすること |