企業が持つ「知」を如何にして、ソフトウェアの中に取り込むのか、その作業は、一般には仕様策定というプロセスで行われます。 この仕様策定について、今回は考えてみたいと思います。 仕様策定は、よくユーザの要望をヒアリングして行われることがあります。 ソフトウェア開発は、ユーザの要望を如何に柔軟・迅速に取り入れるかが重要と言われていますし、、時にはユーザがもやもやと漠然と考えている形が明確でない「要望」そのものを明確にしてあげる作業であったりします。 しかし、ユーザの要望を取り入れることが、知の具現化であるソフトウェアとなるのでしょうか? 「ワクワク系(感性価値)マーケティング実践」で著名なオラクルひと・しくみ研究所代表の小阪裕司さんによると、商売において、お客様の言うこと、要望に何でも応えようというのは大間違いだそうです。 お客様は、その商品の選び方、使い方などについては、基本的には専門家ではないので、詳しくはない。 その商品についての専門家である売り手が、その道を究めた専門家として、「道」を指し示してあげて、お客様に感動を与えることが大事だと、著書の中で書かれています。 例えば、布団を売ってるお店の人は「ふとん道」を、お酒を売っている店の人は「お酒道」を、本を売っている本屋さんは「本屋道」という具合に、道を究め、道を指し示す事が大事で、そこにお客様に役立つ情報が付帯し、その情報や指導が「感動」という付加価値をもたらすわけです。 業務のノウハウをソフトウェアに落とし込むという知動化の作業の中で、発注者側、もしくはユーザの意見を全て取り入れることが、本当に「知」を盛り込むことになるのか?という事は、ソフトウェアの作り手は真剣に考える必要があると思います。 理想からすれば、その業務に精通したプロ中のプロ、その業務の「道」を極め、知のエッセンスを理解している人を仕様策定者として、プロジェクトに引き入れる必要があるのではないかと、私は思うのです。 その業務のプロであれば、本当に必要な機能と、必要ではない機能の判別が、業務の本質を理解しているプロであるが故に判別がつきます。 この事は、ここで述べるまでもなく、どの開発会社でも、どの開発部隊でも、経験則としてわかっている事でしょう。 問題は、如何にして、そのような人物を開発プロジェクトに引き入れるか?という点です。 この点について、悩まれている開発会社の方が殆どだと思います。 上記のようなプロ中のプロの人は、本来業務に忙しく、第一線で日々活躍しているので、開発プロジェクトに引き入れることは不可能に近く、大抵は、その業務を担当しているメンバーの中で中堅から下のメンバーがアサインされてきます。 しかし、そのような人たちが仕様化に関わったのでは、その業務の道を究めているわけではないので、「知」をソフトウェアに落とし込むことは難しく、得てして余計な機能が盛りだくさんで、肝心要の機能が洗練されていないソフトウェアができあがるわけです。 そこで、知動化を推し進めるためには、経営陣の意識改革が必要になってきます。 「アメリカ海兵隊式 最強の組織」(原題 Business Leadership the Marine Corps Way)という本で、海兵隊の募兵担当官は、海兵隊のトップエリートが1~2年担当すると述べています。 ”皮肉なことに、募兵担当官になるために海兵隊に入隊する者は一人もいない。志願する若い男女はたいてい活動的な歩兵部隊に入隊する。若者が望むのはデスクワークではない。行動的な若者はコミュニケーション技術が必要な人材募集という仕事を敬遠する。任務の内容を説明するだけの仕事には満足できないからだ。しかし、海兵隊はやる気満々の隊員の中から最も優秀な人材を抜擢して、弁論術や広告宣伝、訓練技術を学ばせている。この新しい訓練に乗り気でない者が多いが、必ず募兵担当官として勤務した期間が幸運だったと思うようになる。 海兵隊にとって、有能な人材を募集することは死活問題であり、募兵担当官の仕事はきわめて重要だ。募兵担当官として成功すれば昇進が保証される。失敗すればおしまいとまでは言わないが、昇進は確実に難しくなる。だからこそ祖国防衛のために海兵隊に入隊した若者は、広告宣伝や司会の技術を学ぶと同時に、いずれの技術にも秀でなければならないのだ。こうして生み出されるのは、戦場に復帰したくてうずうずしている説得力に長けた弁舌さわやかな戦士である。” 最強の軍隊であり続けるためには、優秀な人材を獲得しなければなりません。 海兵隊に入って優秀な軍人になるかどうかを見極めるのは、海兵隊の中でトップを極めた優秀な人間が、その経験を活かす事ができます。 また、応募してきた若者も、海兵隊のエリートである軍人と採用のプロセスの最初から最後までつきあうことになるので、自分が将来なるべき理想の姿を採用プロセスの間ずっと目にすることになり、希望をはぐくみ、決意を固めることができます。 海兵隊は、この募兵というプロセスを非常に重要視しており、海兵隊の中でキャリアアップするためには、募兵担当官というキャリアは必須であり、また、この募兵担当官の経験が後々、役立っていると海兵隊のエリート達は述べています。 これと同様のことが企業内システムの開発にも求められているのではないでしょうか? その企業に入社する人の殆どは、その企業が行っている本来業務をやりたくて入社しています。 誰も、ソフトウェア開発に関わりたいとは思ってはいないはずです。 しかし、企業の持つ「知」をソフトウェアに具現化し、自動化させて稼働させることは、人がやっている事をコンピュータに行わせることで、企業の業務効率を上げ、人を繰り返しの作業から解放し、より創造的な仕事に割り振るために非常に重要な事です。優秀な人材を、ノウハウが確立した定例業務に縛り付けるのは、利益の向上拡大を目指す企業にとって、大きな足枷になります。 この点を企業の経営陣が理解すれば、システム開発に関わり開発を成功させるという経験をキャリアアップの必須とすべきです。 なぜなら、そのことが、企業に最も大きな利益をもたらすからです。 ブルーカラー労働者の効率化は大きく改善されてきましたが、ホワイトカラー労働者の効率化が大きく遅れているのは、ホワイトカラー労働者の行う業務の自動化、つまり知動化に企業が最も優秀な人材を割り当てていないからです。 また一方で、業務は部分最適化ではなく、全体最適化される必要があります。 しかし、全体最適化を行うのは、それぞれの業務に精通したプロが集まったグループではなく、外部のコンサルティングファームだったり、業務の表層を全体的に見ている経営企画部のような部署だったりします。 個々の業務に精通した人たちが集まってこそ、全体最適のための議論ができるはずです。個々の業務に精通せずして、どうして全体を最適化するための詳細で、具体的、かつ効果的な方策を練ることができるのでしょうか? システムも、今日は単体で存在することは珍しく、大抵何かのシステムと連携するようになっています。業務の全体最適化と、システムの全体最適化は非常に密接な関係があります。 ITシステムが会社の業務に密接に関係するようになったわけですから、このような経験を積ませることは将来の経営層を育成する上で、非常に重要なプロセスだと思います。 それでは一方で、開発会社は、どのように発注者企業と向き合うべきなのでしょうか? 保護者がつくる「ゆるくて楽しい学校」という日経ビジネスONLINEの記事があります。 この記事の中で、ニュージーランドには教育委員会はなく、「保護者がガバナンスし、校長がマネジメントする」という記述があります。 ここにヒントがあると思います。 業務に精通した第一線のプロを仕様策定に引き入れることができたとしても、その人はソフトウェア開発については全く知らないはずです。 そこで、ソフトウェア開発のプロたる開発会社が、業務のプロである担当者の要望をどのように具現化するかという事を考えて、ソフトウェアに落とし込んでいくというものです。 これだけだと、従来のソフトウェア開発と、何ら変わりはありません。 ソフトウエア開発は、ソフトウェアを開発するというだけなく、その周囲にいろいろと段取りが必要です。 従来は、プロジェクトマネジメント手法を取り入れて、業界的にはソフトウェア開発をいかに円滑に推し進めるかという点に注力されてきたわけですが、さらに推し進めて、経営陣の啓蒙活動や、知動化としてのソフトウェアの利用効率計数、利益率向上の寄与度の測定、業務改善度合いの評価など、システム化のBefore/Afterの定量的・定性的な評価作業も必要になるのではないかと思います。 その評価こそが、開発プロジェクトに関わった、その業務のプロの、その仕事における評価となるのです。 それは、あたかもブライダル企業が、結婚しようとしているカップルの要望を聴いたら、それを実現するために包括的にサポートしたり、リフォームを依頼された建築家が依頼主の要望を聴いたら、それを実現するために全てを取り仕切るのを同じような、より深く、より総合的な、コンサルティングサービスを含むサポートを提供する必要があると思います。 それが、これからの知動化としてのソフトウェア開発を担う、開発企業のあるべき姿ではないのかと考えます。 |