昨年から、知働化のテーマに「フィードバック」を挙げて、もう1年。 すぐに、道筋が見えてこないテーマについては、自分の深層意識に預けて、何かが浮かび上がるのを待つようにするのが、私のスタイルです。 この数日で、その「何か」が浮かび上がってきたので、文章にまとめてみました。
フィードバックが大好きな人間の脳人間の脳はフィードバックが大好きなようです。 フィードバックとは、ここでは、「自分の働きかけに対しての反応」を指しています。 フィードバックが速ければ速いほど、また、大きなフィードバックであればあるほど、人は、その働きかけに対してのめりこむようです。 私は、脳や神経についての研究者ではないので、データを元に書いているわけではなく、自分の経験や周りを観察して、そのように思うので、この点については別途調査は必要だとは思います。
「人はパンのみにて生きるにあらず」と言いますが、幼い赤ん坊の頃は、肌の触れ合いというフィードバックを求めます。 私は、2才と生まれたばかりの生後2か月の赤ん坊、合計二人の娘がいます。 育児書によると、赤ちゃんが泣いたらすぐに対処してあげることで、信頼関係を親と結んでゆき、生育も進むそうです。 ミルクだけですくすくと育つわけではない、赤ちゃんの脳はフィードバックを求めているというわけです。
大人になればなるほど、また脳の処理能力が上がれば上がるほどに、脳はフィードバックに対して貪欲になるようです。
メリーランド大学の学生を対象に行われた実験によれば、携帯電話やパソコン、テレビ、ラジオ等の情報通信機器に依存している場合、使用を一時的にやめると薬物禁断症状と同様の症状が出ることが分かったそうです。 http://www.telegraph.co.uk/technology/news/8235302/Facebook-generation-suffer-information-withdrawal-syndrome.html 海外のビジネスマンはBlackberry中毒ですし、日本の学生は携帯電話のメールに中毒ですし、子供たちはゲーム端末中毒です。 多くの大人が、オンラインゲームにはまっていて、中毒と呼べる人が多々います。(私もその一人です) 韓国では、オンラインゲーム中毒の人をどのようにリハビリするかが大きな社会問題となっているそうです。
これらは全て、人間の脳がフィードバックが大好きで、そのフィードバックが速ければ速いほど、フィードバックのインパクトが大きければ大きいほどにのめりこむ事が原因だと思います。
テレビやラジオが主体の10年前であれば、情報の流れは一方通行であったために、のめりこむ度合はそこまで酷くなりませんでした。 しかし、電子メール、チャット、SNS、Twitterのようなサービス、オンラインゲームは、双方向に情報が行き交うチャネルです。 インターネットの普及とともに、フィードバックの速度はどんどん速くなり、インパクトはどんどん大きくなり、中毒性を増していると言えます。 その中毒性を、私は「フィードバックの魔力」と名付けました。 私は、フィードバックの魔力は、決して悪いものではないと思います。何事にも、良い面と悪い面があるものです。それは、使う人間次第ではないでしょうか。
これから、もう少しブレークダウンして、フィードバックの魔力について考察したいと思います。
フィードバックの魔力が生み出すEnrollmentの力~オープンソース開発フィードバックの魔力は、Enrollmentを引き起こします。 Enrollとは、本来の意味は、人を巻き込む、引きずり込むという意味です。
ご存じのとおり、オープンソースの代表格である、Linuxのあの全世界を巻き込んだ開発運動は、Linus Benedict Torvaldsが1991年にUsenetニュースグループの一つ、comp.os.minixで自作OSを公開したのが事の発端です。(ニュースグループというサービスをご存じの方はかなり少なくなってしまいましたが…) ニュースグループは、インターネット上のBBSサービスであり、インターネットに繋がってさえいれば、誰でも自由に閲覧できました。 そこで、世界中のcomp.os.minixを閲覧している人々を端緒にして、Linusが作ったUNIX互換のOS(のカーネル)コードに興味がある人々がパッチを提供して開発に参加していきます。 パッチを提供するという働きかけで、パッチがソースコードに取り込まれるフィードバックが得られる。これはプログラミングができる人にとっては、ワクワクするフィードバックです。 人のアイディアや成果物などに、自分の何かがちょっとでも取り入れられれば、人はそのアイディアや成果物を自分のモノとして捉える性向があります。 これが、Enrollmentを引き起こすのです。その活動に自分から巻き込まれていくのです。 結果は皆さんがご存じのとおり、今では、LinuxはメジャーなOSカーネルとして、数多くの企業で、端末で、PCやサーバ上で稼働しています。
同じような流れを辿って開発されたOSに、2ch発祥のMonaがあります。 Mona(モナ、MicroKernel OperatingSystem with Network Suite Architecture)は、2ちゃんねるのOS板内のスレッド「OSを作ろう」でひげぽん(ハンドルネーム)らが提唱し、開発を開始したオペレーティングシステムです。
オープンソースのソフトウェアは、誰でもソースコードを入手できて、誰でも参加でき、プロジェクトが活発であれば、自分の働きかけに対するフィードバックが即座に得られるため、Enrollmentが大きく発生しやすいです。 また開発したソフトウェアを誰かが使って役立ってくれれば、「貢献できた」という喜びというフィードバックを得ることができます。この点が、オープンソース参加の楽しみであり、中毒性を生み出す根源なのでしょう。そのソフトウェアが、LinuxやApatchといった世界規模で使われているソフトウェアであれば、フィードバックのインパクトは相当大きく、働きかけた人々を魅了するだけのものがあります。
Enrollmentで巨大化していくソーシャルネットワーク SNS(ソーシャルネットワーク)もEnrollmentを土台に巨大に成長したインターネットサービスです。 mixiやFacebookに代表されるSNSは、その参加の仕方そのものがEnrollmentでした。 ユーザが、自分の友人や知り合いを、自分が使っているSNSに誘う。 そして、友人同士、知り合い同士で、その日の出来事、人生のイベント、レジャー、写真などを共有する。そしてコメントを得る。 友人同士や知り合い同士なので、働きかけもしやすく、そしてフィードバックも得やすい。 しかも、インターネット上のサービスなので、実生活で実際に会うよりフィードバックを素早く得やすい。 まさしく、フィードバックを素早く得られるというこの種のサービスの即答性によって、人々を虜にし、友人は友人をEnrollして巨大化して成長しました。 今や、Facebookのアクティブユーザ数は5億人を超えたそうで、多くの友人に素早く一度に働きかけることができ、そのフィードバックを即座に得られることが、どれだけ人々を魅了するのかが、この数字でわかります。
Twitterも、SNSと同じくフィードバックの魔力を土台に大きく成長したサービスです。 Twitterは、つぶやきの内容をRetweetしたり、感想を述べたりというのが、140文字という制限があるが故にやりやすいサービスです。 Blogのトラックバックの場合は、文字制限がない分、何かしら書かないといけないような感じがして、気軽にトラックバックできない気分になるのですが、Twitterであれば、そんな気兼ねはいりません。(Retweetしただけで、140文字の半分ぐらいは費やしてしまうでしょう) またTwitterは、Twitter内部のやり取りだけにとどまらず、Web上の記事やBlogの記事なども簡単にTweetできます。 また、自分のつぶやきをFollowしている人の数が表示されますから、これがフィードバックの魔力を生み出します。 新たにFollowした人が現れると、メールでその通知が届きます。 こういった仕組みを、フィードバックの魔力という観点で見ると、人気の原因が違った角度から見えてくると思います。
脳のごちそう…巨大なフィードバック情報を返すオンラインゲーム オンラインゲームは、複合的なフィードバックの塊を常にプレイヤーに返します。 2時間もプレイすれば、既に虜になっている自分を発見するでしょう。 世界No.1のオンラインゲームは、Blizzard Entertainment社のWorld of Warcraftです。このゲームのアカウント数は1200万、サービスは北米、ヨーロッパに留まらず、韓国、中国、南米、オーストラリア、シンガポールなどに及びます。日本人のプレイヤーも相当数、北米のサーバに接続して遊んでいます。 Facebookの5億に比べると、1200万という数は少なく思えるでしょうが、経済効果はWorld of Warcraftの方が遥かに上です。 Facebookは無料のサービスなのに対して、World of Warcraftは毎月150ドル程のプレイ料金が発生するからです。 Intelと並んで「偏執狂」と言われるBlizzard Entertainment社は、インターネット接続での4~8人程度のマルチプレイは依然から提供していましたが、MMORPGと呼ばれる数千人規模のプレイヤーが同時に一つの世界で遊ぶゲームについては後発でした。 Blizzard Entertainment社は、先発組の韓国のオンラインゲームを中心に下調べと研究を行い、満を持して、PCにインストールして遊ぶリアルタイムシミュレーションゲームである同社の「Warcraft」の世界観をベースとした、MMORPG「World of Warcraft」を2004年にリリースします。そして、予測していたユーザ数を最初の一週間で獲得してしまい、喜びの悲鳴を上げることになります。
そもそも、RPGというゲーム自体は、フィードバックの魔力が高く、人を容易に引き込みます。それも、自分を成長させたいという自己成長欲が強い人ほど引き込まれやすいジャンルです。 その秘密は、レベルアップという仕組みにあります。通常、RPG(ロールプレイングゲーム)は、自分のキャラクタの能力を数値で定量的に表します。 腕力はどのくらいか?敏捷性はどのくらいなのか?走るスピードはどのくらいなのか?頭の良さは?機転がきくのか?運が良いのか?などなど… この仕組みは、Dungeons&Dragonsという、ゲイリー・ガイギャックスとデイブ・アーンソンによってゲームデザインされ1974年に発売されたTable Talk Role Playing Gameが土台になっています。 映画「ET」でご覧になった事があるかもしれません。D&DというゲームはRPGの始祖であり、当時RPGは、コンピュータの代わりにゲームマスターという役割の人がストーリー展開を考え、各種判定はこれまたコンピュータの代わりにサイコロが果たしました。 ゲームマスターは、ルールブックに則り、プレイヤーが振ったサイコロの目を元に判定を下し、ゲームをとり進めていったのです。 プレイヤーは、これまたルールブックに則って、自分のキャラクタを種族や職業を選び、数値として作成します。 自分のキャラクタは、仲間のプレイヤーと一緒に冒険を進めることで、成長していき、それが数値の上昇としてわかるようになっています。 この数値の上昇として成長がわかるという点が、プレイヤーを引き込むところで、これは現在のオンラインゲームでも全く変わりません。 現在のオンラインゲームの殆どは、RPGをベースとした、MMO(Massively Multiplayer Online)RPGです。
さて、どのあたりが、フィードバックの塊かというと、World of Warcraftの場合、5人、10人、25人のグループで遊ぶことになります。プレイヤー同士はチャットでコミュニケーションを取りますが、昨今では音声チャットでコミュニケーションを取るようになってきています。また、音声チャットと文字のチャットを併用する場合もあります。 チャットそのものが、フィードバックの魔力を持っています。World of Warcraftは友人同士で遊ぶ場合もありますが、多くは顔も知らない、どこの世界中のプレイヤー同士です。 世界中の人とシームレスに一緒に遊ぶことができる環境は、6~7年前までは考えられなかったことです。 自分が訪れたことがないような場所に住んでいる世界中の人と話すというだけで、どれだけ魅惑的なチャット環境であるかはご想像頂けると思います。(英語が話せればなのですが…) ちなみに、文字でのチャットは、1990年代から2002年ぐらいまで、多くの人を中毒にしたサービスでもあります。
World of Warcraftでは、グラフィックスは3Dで、まるで自分自身がその世界で冒険しているかのような感覚を味わうことができます。 また、全ての戦闘状況は数値として可視化されており、プレイヤー同士はどんな装備をしているか、どのような事をしているのかも、全て知ることができます。 自分の働きかけ(キャラクタを成長させる、冒険する、そのために他のプレイヤーとチャットする)で、大量のフィードバックが得られて、その多くが数値としてわかりやすいので、自分の成長を目で追うことができ、実感しやすい。また、一緒に冒険するのが、実際の人で、World of Warcraftの場合は5~25人ですが、他のMMORPGの場合は数百人が一緒になって戦うこともあり、フィードバックのインパクトが大きいわけです。
またオンラインゲームですから即答性も高く、全世界の人と一緒に遊ぶので、どの時間帯でも一緒に遊べる人がいるという、常にフィードバックが得られる環境なわけです。 なぜ、子供から大人まで、多くの人がオンラインゲームにEnrollされるのかが、これでおわかりいただけると思います。
|
|