貢献する喜びの時代へ

なんか、壮大な題名で書き始めましたが、単なるエッセイです。軽く読み飛ばしてください。

みなさん、Star Trekってご存知ですよね。23世紀の宇宙船エンタープライズ号の冒険を描いたTVドラマです。
あのドラマの世界では、貨幣がありません。
人々は、世の中に貢献するために働いています。

人はみんな、給料を稼ぐために働いているかというと、そんなことはなくて、十分に余裕がある人は世の中に貢献したくて働いているって方が多い。
いや、余裕がなくても、給料も大事だけど、世の中に貢献したいって思って働いている人は結構多い。
そんな人間いるもんか!と思う人もいらっしゃるでしょう。類は友を呼ぶ。きっと余裕がないのよね。わかる!私もそんな時があった。明日食べるのも困る時が。

マズローの欲求段階説って、みなさん、お聞きになったことがあると思います。
アメリカ合衆国の心理学者・アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものだそうです。

生理的欲求
生命維持のための食欲・性欲・睡眠欲等の本能的・根源的な欲求
安全の欲求
衣類・住居など、安定・安全な状態を得ようとする欲求
所属と愛の欲求
集団に属したい、誰かに愛されたいといった欲求
承認の欲求
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める欲求 
自己実現の欲求
自分の能力・可能性を発揮し、創作的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求
とあるそうで、Star Trekの世界は、みなさん、自己実現の欲求や承認の欲求に生きていらっしゃるのね。

こんな理想の世界の幕開けと見られているのがオープンソースの世界です。
オープンソースの世界の人たちが、世の中に貢献したい、いいコードを提供したい、良いパッチを提供したいという欲求って、なかなか理解されないですよね。普通の人には。


全ての仕事は、なんらかの形で貢献することだと言われています。
でも、時には「これって、何か貢献になるの?」と思うような仕事?もあります。
同じように、「これって、何か、いいことがあるの?」と思うようなシステムも多々あります。

劇的ビフォー・アフターなんか見てると、家をリフォームしてもらって長年の家族の問題や苦労が解決して、涙を流して、匠の手を握り締めて感謝してる依頼者の姿が最後に映し出されたりするのですが、あれこそ、仕事をしていてよかった!と思う瞬間でしょうね。
全ての仕事があんな感動を味わえたら最高ですよね。

ソフトウェア開発やシステム構築だって、あんな感動を味わいたいじゃないですか。
涙を流して感謝してもらうところまでいかなくても、「いやぁ、ありがとうございます。助かりました」とか言われると、この仕事やってて良かった!と心が満たされる瞬間が時々あります。
でも、そうじゃないものも多々ある。

その違いはどこからきてるのか?お客様担当者の人柄?性格?
きっと、そのシステム、ソフトウェアの存在意義だったりするんじゃないでしょうか?
そのシステムやソフトウェア、ソリューションが本質的に世の中を良くする方向に加算されるものであるならば、やっぱり、やってよかった!って思うのではないでしょうか。
でも、「これって、なんか、いいことあるの?」って、思っちゃうのを作った後って、心を満たされることって少ないんじゃないかなと思います。
逆に、「余計なものを斬って…じゃない、作ってしまった」(石川五右衛門の声でどうぞ)と思ってしまったりして。

知働化の「知」って、たぶん、そういうものじゃないと思うのです。
知働化の「知」って、本質的に世の中に貢献する、何かしら加算するものだと思います。
「この知が世の中を良くする」という想いがあるからこそ、知を作り上げる企業も、知をソフトウェアという形で具現化する開発者も、熱く語り合い、一生懸命になれるんじゃないかなと。
逆に貢献しないようなものは、「知」=「智」じゃなくて、「恥」だったりして…


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